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#松坂屋ヒストリア小話 まとめ1〜10


#松坂屋ヒストリア小話 とは?

2018年3月14日から毎週水曜日に館内デジタルサイネージや、
松坂屋名古屋店twitter,Instagramの公式アカウントにて、
松坂屋創業407年の中でうまれた、
皆様に「すごいじゃん松坂屋!」「へぇ〜」と思って頂ける
ちょっとした小話をご紹介しております!


【その一】松坂屋コレクションから重要文化財指定へ!

松坂屋は、昭和6年〜14年にかけて染織史上価値のある衣裳等、数々の染織関連品を収集し、
それらを後世に残すため昭和32年京都に当時としては最高レベルの空調・防災設備を備えた「染織参考館」を建設しました。
そこで半世紀以上にわたり貴重な文化財を大切に保存してまいりました。
この度その「松坂屋コレクション」から能装束4点が選ばれました!
今後もわが国の学術文化の振興にお役に立てるよう努力してまいります!

この「松坂屋ヒストリア小話」のスタート日は3月14日の創業祭でした。
直前の3月9日に開催された文化審議会の答申を受け、重要文化財に指定されることが決まりましたので
急遽内容を差し替えこちらを紹介させていただきました。


【その二】松坂屋創業者は織田信長の小姓のひとり!?

松坂屋の前身である伊藤家の創業は1611年(慶長16年)。
創業者は織田信長の小姓役、三蘭丸(森蘭丸、早川蘭丸、伊藤蘭丸)の内の一人、伊藤蘭丸祐道(すけみち)である。
父・祐広(すけひろ)も小姓役として信長に仕え、蘭丸を名乗っていました。


【その三】松坂屋も一緒に清洲越え!?

1609年徳川家康が尾張の本拠を清洲から名古屋へ移すことを決め、
東海最大の城下町であった清洲は町ぐるみの総引越しである「清洲越」となりました。
松坂屋の歴史は、織田信長の家臣であった伊藤蘭丸が源左衛門と名をかえ、
1610年から築城が始まった名古屋に清洲越で移り住み、
1611年に本町通に呉服小間物問屋を開業したときから始まります。


【その四】デパ地下グルメの発祥は松坂屋!?

各地の名産品をご紹介する名店街の発祥は松坂屋名古屋店でした。
昭和11年12月の新聞広告によれば、京都 #虎屋 の和菓子、東京 #コロンバン の洋菓子、大阪松前屋の昆布、東京有明屋のつくだ煮といった東西の名店を開設しています。
今では「ごちそうパラダイス」としておなじみのデパ地下グルメの名店街ですが、
当時は業界でも評判になったようです。
皆さん当時から美味しいものには目がなかったんですね。
余談ですが、均一セールの価格からも時代を感じます。


【その五】松坂屋の屋上に名古屋城を築城!?

空襲で被災した店舗の復旧工事がほぼ完了した1949年10月に
松坂屋名古屋店では6階で「名古屋市制60周年記念展」、
各階では「市制60周年記念大奉仕」の商品催事を大々的に展開しました。

そして屋上には名古屋市の観光協会が空襲で焼失した名古屋城の巨大模型を作って展示し、
遠方からも名古屋城が望めると話題になりました。
「尾張名古屋は城でもつ」と名古屋の人の心の支えでもあった名古屋城。
敗戦から4年、復興最中の名古屋市民の皆様もこの築城を大いに喜ばれたとのことです。


【その六】CBCの長寿番組だったカトレヤミュージック「ふりむいたらまつざかや〜♪」で御馴染「松坂屋C.M.ソング」は、作詞:永六輔、作曲:中村八大という伝説的「六・八コンビ」の作品だった!

昭和40年(1965年)スタートし、平成20年(2008年)番組終了まで43年間、
延べ15,261回放送したCBCの「カトレヤミュージック」はCBCのみならず、
民放の歴史にも例を見ない長寿番組でした。
43年の間、この生放送に多くの新人歌手が出演し「新人の登竜門」ともいわれていました
(山口百恵、荒井由美、ピンクレディー、平原綾香などが出演)。
そして、スポンサーであった松坂屋が43年間流していた「松坂屋C.M.ソング」は、
当時数々のヒット曲を世に送り出した「六・八コンビ(作詞:永六輔、作曲:中村八大)」による
名曲だということはあまり知られていません。
番組の最後にこのCMソングが流れ、
アナウンサーの「生活と文化を結ぶ松坂屋」というキャッチフレーズで終わるという構成も43年間続きました。


【その七】「松坂屋」の社名の由来は、名古屋じゃなくて江戸から!?

今から250年前(1768年:明和5年)4月、
名古屋の伊藤屋は、江戸・上野広小路の呉服店であった「松坂屋」を買収し、念願の江戸進出を果たしました。
買収が成立すると、屋号は永年にわたり江戸市民に親しまれた「松坂屋」名を存続し「いとう松坂屋」として
地域密着経営を展開したことが奏功しめざましい繁盛ぶりであったとのことです。
伊藤屋は1910年(明治43年)に「株式会社いとう呉服店」を創立し百貨店に転業、
その後呉服店という名称が時代にそぐわず
1925年には名古屋、上野、銀座、大阪の全店の商号を松坂屋に統一「株式会社松坂屋」が誕生しました。

現在は再開発も進み「上野フロンティアタワー」を開業。
次の時代を見据え、地域とともに作る新しい下町文化を発信しています。
※写真は「松坂屋前美人図」


【その八】GW目玉催事は「生きた動物大バーゲン」!?

昭和41年(1966年)のゴールデンウィーク期間中に松坂屋銀座店の屋上では
「生きた動物大バーゲン」が開催されました。
大は120万円のインド象から、小は10円のサワガニにいたるまで約300種、総勢1万匹が集結。
当時の日本経済新聞(昭和41年5月11日)は
「一頭120万円の小象をはじめ、へび、かえるなどが飛ぶように売れた」と報じています。
この動物大バーゲンは日本で最初のユニークな催しとして全国で話題となって連日大入りを続け、
売上も目標を大きく上回ったとのことです。
それから約半世紀が過ぎ、2017年4月にその松坂屋銀座店の跡地には複合商業施設「GINZA SIX」が華々しくオープンしました。
GINZA SIXも今年で開店1周年。
このゴールデンウィークも、
国内外から多くのお客様にご来店頂き銀座のランドマークとして変わらず存在し続けています。


【その九】松坂屋は社名から最初に「呉服店」を外した百貨店!

いとう呉服店は1910年(明治43年)の会社設立時に
デパートメントストアを宣言し呉服店から百貨店事業に転換をはかりましたが、
その後も近代的店舗や施設、商品内容の進歩拡充が進み、
もはや呉服店という名称が時代にそぐわないものとなっていきました。
そして1925年(大正14年)には名古屋、上野、銀座、大阪の全店舗の商号を「松坂屋」に統一。
当時いとう呉服店という名称には300年の伝統があり、
とりわけ名古屋市民には「いとうさん」と呼ばれ親しまれた店名でしたが、百貨店にふさわしく名称を統一。
当時日本の大手百貨店はすべて「呉服店」という名称を社名に入れていましたが、
松坂屋は他社に先駆け、名実ともに日本で最初の百貨店へと脱皮を遂げたのです。

その後2007年にJ.フロントリテイリングとして新しいスタートを切った松坂屋。
次は百貨店以外の事業分野にもウイングを広げ、日本を代表するマルチリテイラーへの道を歩み始めています。

※写真は昭和元年の新聞広告となります。


【その十】東京フィルハーモニー交響楽団の起源は松坂屋!

明治44年(1911年)いとう呉服店は栄町角に開業した新店舗の多目的ホールで行うイベントを盛り上げるため、
「いとう呉服店少年音楽隊」を創設しました。
最初は管楽器だけのブラスバンドで開始しましたが、
2年後に弦楽器も取り入れオーケストラになりました。
その後、全国選抜中等学校野球大会(現在のセンバツ)の開会式の演奏をつとめるなど活躍の場を広げていきました。
昭和13年(1938年)、名称を中央交響楽団に改め、活動拠点を東京に移しました。
昭和23年、東京フィルハーモニー交響楽団と改称し、わが国を代表する交響楽団へと発展しました。
「生活と文化を結ぶ松坂屋」の標語が示すように、
松坂屋はその長い歴史のなかで商品面のみならず文化面においても斬新な諸施策を次々と打ち出し、
消費の殿堂としての百貨店の原型をつくっていきました。
そしてその精神はいまも脈々と受け継がれているのです。


最新の投稿はSNS上、または館内サイネージにて配信いたしております!お楽しみに!

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Instagram「松坂屋ヒストリア小話」


※掲載商品は数に限りがございます。品切れの際はご容赦ください。
※価格は掲載時の消費税を含む総額表示となっております。(一部本体価格表記のものもございます。)消費税変更の際は掲載商品の価格も変更になりますのでご了承ください。

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